「ある晴れた日の午後」



 王宮の庭院だけあって、素人目にもはっきり分かるほど美しく整えられている。比較的暖かい今日は、直に芝に腰を下ろしてもさほど寒くは無かった。ぼんやりと虚空を眺め、陽子はちらりと左方の繁みへと目を向けた。
 どうしようか迷ったが、このままではあいつの性格上永遠に出て来れないだろうと、陽子は仕方なく声をかけてやる。

「景麒、こっちに来たらどうだ」
 陽子の呼びかけに、景麒は長い裾を引きずりながらおずおずと繁みの陰から姿を現した。しかし、予想通りというか何というか、「失礼します」とだけいうと、すぐにまた黙る。

「何か、用なのか?」
「はい。主上をお慰めしようと、参りました」
 意外にも即答で返され、陽子は面食らう。
 それにしても慰めてくれるのは嬉しいが、普通そういう事は本人にはいわずにするもんじゃないだろうか。わざわざざ『慰めに来た』と宣言するというのも珍しい。景麒らしいな、と陽子は思う。そして、景麒らしいと思える程この麒麟の事を理解でき始めているらしい自分に気付き、少し笑った。

 この朴念仁の石頭の小言魔と分かり合える日が来るなんて思わなかったのだが、どうやらそれも、そう遠い未来ではないのかもしれない。

「それで、どうやって慰めてくれるんだ?」
「それは……まだ、考えてはいないのですが」
 どこかしゅんとした様子で答える景麒に、陽子は堪らず声を上げて笑い出す。いい慰め方も思いつかないものの、居ても立っても居られず追いかけて来たのであろう景麒は、まるで子犬のようだった。耳があったら垂れていた事だろう。

 景麒を可愛いと思ったのなんて初めてだな、と陽子は思う。何も言わずくすくすと笑うだけの主を、景麒はただ静かに見つめていた。
 時々こうして麒麟に不器用な慰め方をされて、そうしてこれからもずっと過ごして行くのだろうと思うと、陽子は不思議な気持ちになる。当たり前の事だが、官吏が異動する事はあっても、麒麟だけは絶対に傍を離れる事はないのだ。

「それに景麒は、兎みたいな所もあるんだよな」
 長い沈黙を破っての突然の言葉に、景麒は不思議そうに首を傾げる。
「だって、寂しいと駄目なんだろう? 仏頂面に似合わず可愛い奴なんだな」
「ええ、主上がいらっしゃらなければ生きてはいけませんよ」
 何を当然の事を、と言わんばかりの景麒に、陽子は今度は腹を抱えて笑い転げる。他意はないのだ。ただ事実をそのまま言っているだけなのだろうが、余りにも素直過ぎる景麒の一面を思いがけず垣間見てしまい、陽子は何故だか笑いが止まらない。

「笑ってごめん。おかしいとか変だとか、そういうんじゃなくて。
いやおかしいといえばおかしいんだけど、つまりその……嬉しくて、さ」
 屈託なく笑うお方だ、そう景麒は思いながら、どこか心地よいその笑い声に耳を傾けた。久しぶりに声を上げて笑った、そう陽子は思いながら、実に珍しい景麒の微笑を眺めていた。

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03/12/16

オチも何も考えず、即興で思いつくまま書いたので
ちょっといつもと感じが違います。
たまにはほのぼのショートストーリーという事で。

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