「景姫」(姫の災難 編)


※注意
陽子の気紛れな遊びにより、景麒ちょっとピンチです。
可哀想な景麒なんて見ていられないという方は、読まない方がいいです。
キャラが思いっきり変わってますので注意。
景麒いぢめ・姫景麒どんとこい! という方のみ読んでください。




 なぜ自分は王の伴侶や寵姫が住まうはずの後宮の一室にいるのだろう? 陽子は王で、自分は麒麟だ。そのはずなのだが。景麒は陽子の戯れの真っ只中で途方に暮れていた。

 お話がありますと畏まった調子で景麒が話を切り出すと、陽子は不思議そうに首を傾げた。
「もうすぐ朝議だし、その後じゃ駄目なのか、景姫」
「いえ……実は、その……」
 やはり駄目か……陽子の一時の気紛れだろうという淡い期待を抱いていたのだが、陽子は極自然に景麒を字で呼び続けた。一度受け入れてしまった字を、やはり嫌ですとはねのけるわけにもいかず、景麒の胃は痛み通しだった。辺りを見回すと、やや過剰な装飾がされた室内が嫌でも目に飛び込んでくる。
「ここ、結構いい部屋だよな。広いし、綺麗だし、ほら、庭の花も沢山咲いてる。お前はこういうの好きだろう? ここは王の正妻や寵姫が住むところだから、とりわけいい部屋なんだって」
 自分の唯一無二の主である陽子の好意を、景麒は素直に受け止められなかった。
 景麒の安眠と陽子の遊びの為だと言うが、本当にそれだけだろうか? 景麒は今から不安で一杯だった。
 臥室は今いる房室から一続きになっていて、普段景麒が使っているものに比べるとやや大きめの牀榻が印象的だ。その用途を考えると、自然と溜め息が出てくる。女王が続いたということもあり長らく使われていなかった後宮だが、王の戯れとはいえまさか自分自身が入内する羽目になるとは夢にも思わなかった。私もいつか後宮に入るかもしれないと夢見る麒がいるほうがどうかしているのでそれでいいはずなのだが、陽子の麒麟として生きていくには普通の感覚では駄目なのだ。

「そういえば綺麗に定着したな、お前の字。最初から景姫っていう名前だったみたいに、しっくり馴染んでる。景姫にも気に入って貰えたし、きっと祥瓊や鈴や浩瀚も、いい名前だって褒めてくれるよ。私もすっかり呼び慣れた」
 私は一向に呼ばれ慣れておりませんがというささやかな抵抗の言葉を景麒は口の中で打ち消した。やたらと『景姫』という呼び名を使っているような気がするのは被害妄想だろうか。字を賜る前に比べると、名を呼ぶ回数が格段に増えたように思える。
「そ、そのことですが……他の官吏達にも、その、私の字のことを……?」
「当たり前じゃないか! だって、一生懸命考えたんだぞ。景姫は気に入らないのか? 麒麟は字を貰うと嬉しいものだと一般的には言われてるみたいだけど、でも景姫は私に字なんてつけてほしくないと……思ってたのか?」
 大きな草色の瞳をはっと見開いて悲しそうに陽子は言い、景麒は言葉に詰まる。こんな表情をする時の陽子は実際以上に幼く見える。国の為に少女を無理矢理王にしたのだという罪悪感が慈悲の獣である景麒の胸に押し寄せた。今まで何度もこのあどけない顔に騙され痛い目をみて遊ばれ続けたという事実を、景麒はころりと忘れた。慈悲の生き物である景麒の、どうしようもない悲劇であった。
「いいえ、そのようなことは決して。主上に字を賜ることは私にとってこれ以上ない幸福です」
 陽子のあどけない顔を見ていると、賜った字にもよりますがと付け加えることなどとても出来ない。
「ですがその……そう、せっかく主上に頂いた字なのですから、二人だけの時に使いませんか」
「それに一体どんな意味があるんだ? せっかくつけた字なのに」
 ここで上手くかわせるくらい器用ならば、今このような窮地に陥っているはずもない。景麒の儚い最後の抵抗は、あっさりと終わった。
「話はそれで終わりか? じゃあ行こうか」
 慣れない後宮は寂しいだろうと景麒を迎えに来てくれた陽子の優しさは嬉しいが、やはりその好意の方向性は非常に的外れであった。

 落ち着きのない官吏らに、景麒は冷ややかな眼差しを向けた。通常なら王である陽子に全ての視線が集まり、全ての知と権力が御前に結集する。しかし、今日だけは例外であった。王の傍らに侍る麒麟へ、遠慮がちに、しかしはっきりと好奇の目が向けられている。
「景姫」
「……はい」
 かなり躊躇った後、仕方なく景麒は答えた。その途端、王に注がれていた視線が一気に景麒へと集まる。だから、だから嫌だったのだ。景麒は陽子の隣で唇を噛み締める。
 神である王の愛は複雑過ぎて常人には理解できないだけだと景麒は心の中で無駄な弁解をする。王が麒麟に字を与えただけのことだ、官吏らも直に慣れる。慣れてほしくないが。
 天に選ばれた王がなさること、一見無意味で馬鹿げているように見えても、長い目で見れば何か深い意味があるのかもしれないと、景麒はかなりの精神力を使って好意的に考え直してみた。その可能性は非常に低く感じられても、慈悲と民意の具現である麒麟である以上、希望はいつだって持っていなければならないのだ。

「おめでとう御座います、台輔。字を賜るとは、わが国の王と麒麟は仲睦まじい。この国は安泰で御座いますね」
 普段の何倍も時間の進みが遅かった朝議がようやく終わると、涼しい顔の浩瀚に捕まった。安泰? 心配の間違いではないのかと景麒は思うが、冢宰はともかく王に対して無礼極まりない言葉を口にすることなど出来ない。どんな状況であろうと、やはり景麒にとって陽子は最愛の王なのだ。
「いい字だろう? 色々考えたんだけど、やっぱり景麒にはこの字が一番しっくりくるかなって」
「主上らしい、大変良い字で御座いますね」
 確かに主上らしい。
 陽子と浩瀚のやけに明るい声が追い討ちをかけるように響く。

 回廊を掃き清めている女官達の忍び笑いがさざ波のように押し寄せ、景麒を取り囲んでいるような気がするのは被害妄想だろうか。凛々しい主上となよやかな姫、大変お似合いですわという声が聞こえたような気がしたが、心労から来る幻聴だろうか。もしかしなくともその姫とは、自分のことだろうか。

 主上の傍仕え兼友人という、景麒にとってやや扱いづらい女御達から褒められ歓声を上げられても嬉しくないのはなぜだろう。

「景姫、大丈夫か? ちょっと顔色が悪いな。少し休むか?」
「……いえ、どうぞご心配なく」
「駄目だ、だって最近ずっと寝不足だったんだろう? ちょっと横になれ。ほら、この衾褥で少し休め」
 この衾褥? 違和感を覚え陽子の指差す方を恐る恐る見ると、確かに衾褥が敷かれていた。……国家の最重要書簡がうず高く積まれている執務室の端に。
「な、なぜこのような場所に都合よく衾褥が……」
「たぶん女官が気を利かせてくれたんだよ、最近忙しかったからな。きっとそうだ。そんな細かいことは気にしないでほら、景姫。私も少しだけなら添い寝してあげるよ」
 陽子が命じてやらせたに決まっている。それ以外にないが、下僕という立場上逆らえない。陽子との付き合いがまだ短かった頃は、こうした突っ込みどころ満載の出来事に対して一々指摘をしていたのだが、最近ではもう諦めていた。ただでさえ無体を働かれているのに、身が持たない。

「主上、御止め下さい……王たる者がこのようなお戯れを――」
「待て景姫、まだ遊んでない。次はこの帯をつけてくれ。帯をくるくるっと外して押し倒す遊びが、蓬莱で大流行していたんだ。本当だ、嘘だと思うなら六太君に聞いてみろ。私の麒麟なら協力してくれ。でないと郷愁の思いが強すぎて政務が手につかない」
「う、嘘です、絶対に嘘に決まっています……!」
「お前、主を疑うのか。まさか、私が自分の欲望のままに大切な麒麟であるお前で遊んでいるとでも?」
「……違うのですか」
 景麒と陽子は、瞳をひたと合わせて見つめ合う。長いような短いような、微妙な間があった。
「大丈夫、慣れればきっと楽しいから」

 景麒はここ数日の出来事に思いを馳せた。
 まず、主である陽子から、何をどう間違えたのか景姫という字を賜った。それはまあいい。慶の麒麟として――というより陽子の麒麟としてやっていくには妥協と忍耐が必要だ。少々変わった愛ということで麒麟としての喜びも味わえる。
 それから、陽子の愛らしい微笑に誤魔化されてうやむやの内に後宮入りが決まってしまった。一番の痛手は、王宮中に字が知れ渡ってしまったことか。唯一の救いは、後宮入りがまだ極秘扱いになっていることくらいである。一応、建前上は景麒の身体を気遣った末の処置ということになっているからだろう。そうでなければ陽子のことだ、友人兼女御らとよからぬ企みで盛り上がるか何かしているだろう。
 考えれば考えるほど、最近の自分は数奇な運命を辿っている。寵姫扱いをされた挙句、王の度の過ぎた戯れを受けて後宮にいる麒は十二国広しといえども恐らく自分だけだろう。他国にだけは、何としてでも知られぬようにしなければと景麒は固く決意する。
 景麒の数奇な運命はどこに流れていくのか、それは天帝にも分からないのであった。

05/10/18
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景姫です。むちゃくちゃ愛されてる景麒絶好調。
どうせやるならこれくらいやった方が……と思ったんですが、やっぱり景麒可哀想でしょうか……!それともとことんやっちゃった方がかえって景麒もすっきり?していいでしょうかv景麒も開き直っちゃえば字も貰ったし幸せになれるかもです。そういう複雑な主従愛は嫌だと景台輔は抵抗しそうですがこれは姫の物語なので些細なことは気にしちゃいけないのです。

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