※注意
ちょっと陽子がダークかもしれません。
苦手な方はご注意下さい。




「Love and reason do not go together.」



 こうして褥を共にしても、消えないものがある。

 例えばそれはようやく安定してきた国の安寧がいつまで続くかという不安だとか、ふとした弾みで湧き上がる蓬莱への望郷の念だとか、そんな今まで何度となく繰り返し胸を去来していった思いと同じ位、心を揺さぶると同時に意味のないものであるのだが。
 こうして止め処も無く思考を流れるままにさせている陽子自身にさえ、この不安がどこから来てどこへ行くのか、実の所把握出来ていない状態であった。
 麒麟を男として見た事に対しての罪悪感は、正直なところ全くと言っていい程無かった。そう、祥瓊や鈴は私の思い悩む対象がそれだと決めてかかって疑いもしないが、見当はずれもいい所だった。
 とはいえ、やはり二人は私の大切な友であるし、むきになって否定するような事でもない。何故なら説明しようにも、先程も言った通り――私にも把握出来ていない感情であるから。
 蒼猿がいれば良かった。そうすれば一つ位、真実に近い事を言ってくれたかもしれない。

 静寂が耳に痛い。
 夜もすっかり更けた頃、静かに訪れた景麒は、いつになく綺麗だと思った。背にかかる金の鬣が、夜の闇に映えいっそう美しい。手を引いて牀榻に並んで座らせると、いつもより長い沈黙が落ちる。
 陽子の微かな苛立ちとも取れる気持ちの波に気付いたのか、言葉こそ発しないものの静かな視線の問いかけで陽子を促す。
 その穏やかな顔を見た瞬間、陽子は自分の愚かな迷いが何なのか悟った。今まで気付かない振りをしていたのか、それとも本当にそれを信じていたのか。
 今景麒は「麒麟としての本能」で、陽子の王気の揺れを見た。それをはっきりと感じ、陽子はようやく悟り、知る事が出来たのだ、自分の心の揺れの原因を。
 この期に及んで尚私は、景麒が麒麟としての本能で自分を慕っているのではという疑問を、拭いきれないでいるのだ。

 知らず知らずの内に微かに顔が歪み、泣き笑いのような表情になった。景麒はやはり穏やかな表情のまま、流れてはいない陽子の頬の涙を拭うような動作をする。
 この麒麟には涙が見えていたのかもしれない、と思い、陽子は本当に泣きたくなった。だがそんな涙腺の緩みを陽子は意思の力でねじ伏せる。泣くのは容易いが、どうしてもそうしたく無かった。そうする事で自分の不安が真実になってしまうような気がしたからだ。
 何も言わない景麒がありがたかった。
 言葉は最も優れた意思伝達の手段の一つだが、時には何の意味も成さない事があるから。
 長い長い静寂が流れ、ようやく陽子はぽつりと呟いた。
「……いいんだ。私は信じる事しか出来ないから。それに信じる事さえ出来れば、それで充分だと思わないか?」
 何が、と問うほど景麒は愚かではなかった。
 ただ微笑んで、同じく闇に映える陽子の紅い髪を指に絡ませる。
 陽子もつられるように艶やかな笑みを返すと――その笑みはおよそ幼いと言ってもいい外見の少女には似つかわしくなく、明らかに長い時を経た者の表情だったが――自分の麒麟を柔らかい褥に横たえた。
 幼い子供をあやすように胸の辺りを軽くさすって、寝かしつけるように瞼を右手で閉じさせる。
 大人しくされるがままになっている景麒の頬に、陽子はそっと唇を寄せる。瞼にも軽く口付けると、首筋に景麒の息がかかってくすぐったかった。
 陽子が完全に覆いかぶさる格好になっているが大して重くはないらしく、景麒はただじっと横たわり好きなようにさせていた。
 陽子は景麒の簡素な衣を大きくはだけると、首筋にそって軽く舐め、強く唇を押し当てる。しばらくそうしてじっと体重を預けていたが、やがてゆっくりと唇を離し麒麟を見上げる。気配を察し、景麒も先程主によって閉じられた瞳を開けて見つめ返す。

 一つだけ確かな事があり、そしてそれがあれば充分である一つの真実を、陽子は知っていた。
「――景麒。私は、お前が好きだよ」
 これだけ分かっていれば、充分ではないか?
 そう思いながら微笑み、再び陽子は顔を埋めた。


戻る               03/04/09


「景麒と陽子の少し切ない感じのお話」というキリリクでした。

陽子が攻めです。その上ちょっとダークです。
そして今気付いたのですが……景麒、一言も喋ってません……

ストーリーとはそれ程関連がないのですが、タイトルはこんな意味です。
Love and reason do not go together.
恋は思案のほか。
(恋と理性は共存できない。)

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