「女心と男心」



 陽子は悩んでいた。
 何だか他の国と比べても、麒麟と衝突する事が多いような気がするのだ。もう少し景麒について知った方がいいのかもしれない。

 しかし景麒も一応男性である。鈴や祥瓊に相談するより、同じ男性に相談した方がいいかもしれない。しかし誰がいいだろう? 浩瀚でもいいが、何となく違うような気がする。虎嘯は問題外……桓たいも少し違う。楽俊はあまりにタイプが違いすぎる。
 なら、延王はどうだろう?
 女性の事なら詳しい延王だ、きっと男心、女心共に詳しいに違いない。陽子は迂闊にもそう思ってしまっていた。

 そして行動派の陽子はさっそく雁に向かった。
「という訳なんですが、何かいい案はないでしょうか?」
 延王に相談するという迂闊さに、陽子は気付かない。
「そんな事なら俺にまかせろ。いいものを書いてやろう。景麒と喧嘩になったら、それを読めばいい」
 自信たっぷりの延王に、陽子は何の疑いを持つ事もなく丁寧に礼を言って慶へと戻った。

 金波宮に戻ると、景麒が眉間に皺を寄せて陽子を待ち構えていた。
「……私に何の断りもなく、どこに行っていたのです」
「いや、ちょっと雁まで……」
「――ちょっと? 雁まで? 一体、主上は何を考えておいでか」
 反論する隙も暇も与えず、すかさず小言モードに入る景麒に、陽子は早速延王に教えられた方法を試してみる事にした。
 景麒に見つからないよう気をつけながら、延王にもらったカンニングペーパーを取り出す。

「いつも申し上げているように、主上はもう少し王としての自覚と――」
 延々と続く景麒の小言を適当に聞き流しながら、陽子は紙を広げる。机の陰に隠したそれを、ろくに考えもせずに陽子は読んだ。

「『他に女ができたんだな!』」
 陽子の唐突でとんでもない言葉に、景麒は目を見開く。
「あの……女とは……?」
 それは陽子の方こそ知りたい。
 何だこれは……
 これで本当にいいのだろうか……?
 不審に思いつつも、この場をどうにか取り繕わなければならないので、陽子は更に読み進めるしかない。

「『仕事と私、どっちが大事なんだ?』」
 ……あれ?
 何だか微妙におかしいような、気がする……

 景麒はというと、困惑した顔でこちらを見ている。
「主上……もちろん主上がいらっしゃてこその国ですから、それは……」
 言いながらやはり恥ずかしいらしく、景麒の頬が僅かに朱に染まる。

 何かが物凄く間違ってる気がする。どうにかして取り繕えるものを探さないとまずい。
 慌ててカンペを見、「最後の手段として言う言葉」というのを陽子は見つける。うろたえていた陽子は、ろくに確かめもせずにそれを口にした。

「『もう私の事なんか愛してないんだな!』」

 辺りを静寂が包みこむ。

 一瞬遅れて陽子は、自分が何を言ってしまったのか理解した。
 ……騙された。
 完全に延王に担がれてしまった事に気付いたが、時すでに遅し。

 おそるおそる景麒を見ると、完全に固まっていた。
 陽子も耳まで真っ赤になってうつむいてしまう。

 それからしばらく、何故か景麒は小言をほとんど言わなかったという。

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02/12/15

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