※注意 景麒が悶々と色々考えてがんばってるお話です。 景麒の思考回路が壊れているので苦手な方は本当にご注意下さい。 ちょっと陽子がいぢわるかもしれませんのでお気をつけ下さい。 どちらもキャラのイメージが大幅に壊れています。 ギャグですが、やや裏的要素を含んでいますのでそれもご注意下さい。 悪乗りしているので、苦手な方は本当にご注意下さい。 「試練」 景麒はもう半刻以上も同じ書簡を眺めていた。 通常なら苦も無く片付くはずのものが、ただ字面だけを目で追っている状態で全く頭に入らない。必死に集中しようと尚も書簡を凝視するが、やはり無駄だった。一つ溜息をつくと、現在自分の集中力を乱している原因である王へと目を向ける。 これは絶対に、ほぼ間違い無く何らかの罠だろう。 政務中は常に官服で通しているはずの主上がきちんと襦裙を着ているのを見てもそれは明らかだ。長椅子にゆったりとした姿勢で座り、先程から絶えず優しげな微笑を浮かべている事からしても、絶対に何かを企んでいらっしゃるのは明白である。 珍しく身分相応に衣を重ねてはいるのだが、どれも極薄い絹の為、大きく組まれた足のなだらかな曲線までくっきりと見える。その上、はしたなくも衣の裾が捲れ上がって素足が覗いているのを気にもかけていないようだった。 それだけならまだ辛うじて平常心を保てるのだが、先程から意味あり気にちらりとこちらへ視線を送ったり、ゆったりとした動作でこれまた意味ありげに足を組み替えたりとで、景麒はその度に自制心を試されていた。 おまけにかなり襟元も緩められているので、願望から来る目の錯覚でなければ、かなり奥の方のふくらみまで窺える。いつものように景麒が横を向いている隙にこっそり舌を出してみたり、不機嫌そうに足をぶらつかせるような真似も、今日に限ってしていない。 やはり罠だろうか。 しかし今になって思い出したように注意する訳にもいかない。何故なら既にこの状態が始まってから数刻以上が経過しているからだ。今更注意しても白々しいだけである。それに常日頃から女王らしい装いをする様口うるさく言っているのは他でもない景麒自身だ。目のやり場に困るので官服を着て下さいなどと文句を言う訳にもいかない。 最初の機会をまたしても逃してしまった為、いつもの事とはいえ今回も景麒の思考は堂々巡りするばかりであった。 全く、主上の真意を推し量る事は至難の業である。それに迂闊に何か言ってしまい、それが罠だったりした場合大変な事になる。 だが可能性としてはかなり低いが、もしかすると罠ではないのかもしれない。とすると自分は今とんでもなく勿体ない時間を過ごしているのではないだろうか。千載一遇の好機をふいにしようとしているのかもしれない、という考えも捨てきれず、景麒は更に思い悩んだ。 誘惑に負け、一向に進まない書簡からちらりと視線だけ向けると、その瞬間を狙い澄ましたかのように陽子は大きく足を組み替えた。 たっぷりと間が空いた後、景麒は書簡へ目を戻した。 たった今恐れ多くも、見てはいけないものを見てしまったが、今すぐ邪念を捨てて記憶から消し去れば天も許して下さるだろう。そう心の中で言い訳するものの、日に焼けたような褐色の健康的な肌が脳裏から離れず、景麒の意識はますます掻き乱されていった。 思い切って再び視線を向けると、今度はちらりとこちらへ思わせぶりな視線を投げかけてきた陽子と視線が絡み合う。いつもの屈託のない朗らかな笑みとは違いそれはどこか艶やかな微笑で、咄嗟に景麒は視線を逸らしてしまう。そして自分の仕事はこれしかないとばかりに書簡を熱心に読み耽る。ふりをした。 気になる。これはかなり気になる。 髪を掻き揚げる仕草一つ取ってみても、今日に限って妙になまめかしく見える。普段とは全く違う雰囲気の堂室に、景麒は次第にそわそわした気持ちを隠しきれなくなってきていた。 これはやはりそういう事なのだろうか。 いやしかし主上に限って何の障害もなくそういう展開になるはずがない。単に自分の麒麟をからかって遊んでいるだけ、という可能性も大いにある。思い切って問いただそうにも、万一罠でなかった場合、雰囲気をぶち壊す事になってしまう。それにもう少し堪能しても罰は当たらないかもしれない。 そこまで考え、景麒ははっとして自分自身を叱責した。例え罠ではなかったとしてもそのような恐れ多い事をする訳には…… それにしても、こういう状況でも何らかの罠ではないかと勘ぐらなければならないとは、色々な意味で哀しいものがあるが、それは主上なので仕方がない。 あれこれ考えながら書簡の隙間から再びそっと覗いてみると今度は窮屈そうな靴を脱ぎ捨てている所で、褐色の細く引き締まったふくらはぎから綺麗に整えられたつま先までが目に飛び込んできた。おまけに慣れない襦裙が暑いのか、それとも何か別の意味があるのか、陽子はゆっくりと襟元を指先でなぞり、ばさばさと大胆に襟元を波打たせて胸元に空気を送っている。 これは深読みしてもいいのだろうか…… 書簡の隙間から、知らず知らずの内にしっかりと見入ってしまっている景麒は、徐々に早まる鼓動をなだめつつ考えた。だがいくら堂室内とはいえ、さすがに今度こそ注意しないとまずいだろう、という宰輔としてのごくまっとうな考えが浮かんだ。 しかし、ある邪念も同時に頭をよぎる。 あまり窮屈な思いばかりさせてしまっては主上もお辛いだろう、やはり今のは見なかった事に、気付かなかった事にして、もう少し目の保養……もとい、くつろいで頂いてもいいかもしれない。何らかの罠ではない可能性もほんの僅かではあるが捨てきれない。 最後に注意しよう……そう思う景麒だった。 静寂の中内心あれこれ葛藤していると、陽子がにっこりと微笑みかけながら優しく問いかけてきた。 「何だか疲れているみたいだな、景麒」 いつの間にか立ち上がって景麒のすぐ傍まで来ていた陽子は、すっと手を伸ばすと軽く指先で景麒の手に触れる。度重なる疑問と緊張の連続で、爪が白くなるほど固く書簡を握り締めてしまっていた景麒の指を一本一本外すと、指先でくすぐるように撫でる。 「ちょっと根を詰めすぎなんじゃないのか?」 景麒の手の甲を撫でていた指先が一旦離れ、今度は頬に移動する。きっちりと留められている景麒の窮屈そうな首筋の留め金を外して襟元をゆるめてやりながら、陽子は囁く。将軍相手に剣を振るっているとはとても思えない、綺麗に整えられた細い褐色の指がゆっくりと動く様はどこかなまめかしく見え、景麒は息を呑む。 いくら主上でも、自分の麒麟をからかう為だけにここまでするだろうか? 一瞬そんな甘い考えが頭をよぎったが、主上ならやるかもしれないとすぐに思い直す。 だが、もしかすると本当に罠ではないのかもしれない。 本当に自分の期待通りの展開かもしれない。 主上、私を試していらっしゃるのですか。景麒は懊悩した。 景麒、とこれ以上ない程甘い声で呼びかけられ、景麒は慌てて答える。 「な、何でしょう」 すぐには返答せず、陽子はうろたえる景麒の頬につっと人差し指を上からなぞるように走らせた。陽子の柔らかな指先が自分の頬の輪郭に沿ってゆっくりと移動する様を視界の隅で捕らえ、景麒の鼓動が早まる。 たっぷりと間を置いてから、陽子は悠然たる面持ちで言った。 「それ、上下逆さまじゃないのか?」 王の言葉にはっとして、景麒は慌てて今の今まで自分が読んでいたはずの書簡を調えた。 「今まで気付かなかったなんて、お前は一体何を見ていたんだ?」 「な、何も見てはおりません」 自ら墓穴を掘っている景麒だったが、陽子は深く追求しなかった。その代わり大きく身を乗り出して、座ったままの景麒を上から覗き込む。自然と景麒の目は陽子の大きく肌蹴られた胸元に吸い寄せられていくが、すぐにはっとして目を伏せ、平常心、平常心……と呪文のように唱えつつ必死に目の前の文面に集中しようとする。 しかし普段なら難なく理解出来るはずの文章が、今は意味を成さない単なる文字の羅列にしか見えない。 そしてまた甘い声で呼ばれ、景麒は再び「平常心」と胸に刻みながら顔を上げた。 「私の言いたいこと、半身のお前なら当然わざわざ口に出して言わずとも分かるよな?」 突然の王の言葉に、景麒は返答に窮する。 「主上の仰りたい事、ですか……」 「そう、私が今したいこと」 「しゅ、主上のしたいこと……」 もはや隠しようがない程上擦った声で景麒は主の言葉を繰り返す。 陽子は一つ可愛らしく頷くと、両手で包み込むような形で景麒の手を握り、軽く息を吹きかけた。背筋がぞくぞくとするような感覚に、景麒は思わず身震いする。完全に陽子の術中にはまってしまった景麒は、しどろもどろになりながらもどうにか答えようとする。 「そ、それは、分かるような、分からない、ような……いえよく分かります」 陽子が更に身を乗り出した拍子に、今度ははっきりと衣の合わせの隙間から胸元が垣間見え、景麒はただひたすら頷いて肯定する。 「良かった。やっぱり分かってくれてたんだね、景麒」 「は、はい……」 あれこれ考えすぎだったのだろうか、罠ではなかった……? 「それじゃあ、景麒……」 そこで一旦言葉を切り、陽子は意味ありげにふわりと微笑む。 「主上……」 やはり穿ち過ぎだったのか、と景麒が甘い考えを抱いた次の瞬間、陽子はこの場にはそぐわない朗らかな笑みを浮かべた。先程までの妖艶な笑みとは打って変わって、屈託のない明るいいつもの王の笑顔に、まさか……という予感を抱きつつも景麒は王の次の言葉を待つ。 遠くまでよく通る王の声が、堂室内に明るく響いた。 「お茶にしようか。疲れてるみたいだし」 今にも声を上げて笑い出しそうな様子で言うと、陽子は握り締めていた景麒の手をあっさりと離した。そしてそのままぽん、と軽く景麒の肩を叩く。 半ば諦め混じりで予想していた事とはいえ、期待していた展開とは全く違う言葉に、景麒はすぐには反応出来なかった。 ここまで思わせぶりな仕草で、思わせぶりな状況を作っておきながら、最後の最後でこのどんでん返し…… ここは、さすが主上と感心する所なのだろうか。それとも怒るべき所なのだろうか。景麒は疲れた頭で考えた。だが後者を選ぶとすると、何を期待していたのか説明する必要がある。 それは不味い……見なかった事にしていた、だがしっかりと記憶してしまっている主上の玉体を垣間見て色々と想像してしまった事も合わせて白状させられてしまうのは間違いない。 「……私が、淹れて参ります」 悩んだ末、景麒は無難な選択をした。 やや急ぎ足で、女官を呼ぶ事もなく自ら御茶を淹れに行った景麒を、陽子は長椅子に座り直し乱れた襟元を正しながら見送った。 「これでしばらくは男装するな、なんて景麒のお小言は無くなるだろうな」 しかしさすがに少しからかい過ぎたかな、と陽子は思う。反応が面白いし可愛いので、ついついいつもやり過ぎてしまうのだが。 「近い内に埋め合わせしてあげないと、な……」 ぽつりとそう呟いたが、しかし。 でもまたきっとからかっちゃうだろうなあ、と思うのも事実の陽子だった。 戻る 04/03/06 陽子がちょっといぢわるで景麒が壊れてますが、愛ゆえです。 この主従好きです。 景麒がすごくがんばってます。 |