「夢現」



 慶国の麒麟は悩んでいた。最近夢を見てしまうからだ。もちろん夢くらい普段から見ているが、その内容が問題だった。
 何故か毎回同じ夢で、牀榻に横になっている自分を主が、
「大丈夫か、景麒」
 と言って覗き込むのだ。
 そのまま鬣をそっと撫でられる感触が妙に現実味を帯びていて、何か言おうとするのだが、毎回そこで目が覚める。
 この所毎日その夢ばかり見ていた。

 いつものように主と政務を執る景麒だったが、今日はほとんど仕事が進まない。例の夢を見た後は何故か寝付けず、その為最近寝不足の状態が続いていた。そして不覚にも、主に呼びかけられるまで自分が世間一般で言う所の居眠りをしている事に気付かなかった。
 景麒、と呼ぶ声に慌てて居住まいを正し、申し訳ありませんと謝罪する。
「具合でも悪いのか?」
 ただの寝不足なのだが、さすがにそうは言えない。尚も心配そうに見る陽子だったが、不思議そうにしつつも政務に戻る。
 睡魔を追い払うように軽く頭を振って政務に集中しようとする景麒だったが、瞼が鉛のように重い。

 少し風に当たるかと立ち上がろうとした瞬間、急に辺りが暗くなる。遠くから自分を呼ぶ声がしたような気がしたが、それを最後に景麒は意識を手放した。

 複数の人間の気配を感じ、景麒は薄く目を開ける。
 予想通りそこには陽子が居て、横たわる自分を覗き込んでいる。
 何故同じ夢ばかり見るのだろう。
 いつもと違うのは、主上の後ろに冢宰が控えている事くらいだ。
 毎夜見る夢の通り、主上が自分を見下ろしている。
「大丈夫か、景麒」
 そういって鬣をそっと撫でてくれる。

 いつまで経っても進まず同じ内容の夢に景麒はいい加減うんざりしていた。そして思った。また同じ夢だ、たまには変えてやろうと。
 景麒は霞がかった頭で身を起こし、主をそっと抱き寄せた。そして紅い前髪から覗く額に唇を押し当てる。
「主上、しばらく傍にいて下さいませんか」
 陽子は驚いたように大きな瞳を更に大きく見開いた。
 一瞬遅れて微かに頬が赤くなるその様子は、とても夢とは思えない。紅い髪に顔を埋めると、ほんのりと甘い香りがする。腕の中の主上の感触も、柔らかくて暖かく、やけに現実味がある。

 ……現実味があり過ぎる気がする。
 そっと顔を上げると、いつの間にか扉の方まで下がっていた冢宰が、わざとらしく視線を外す。更に横を見やると、いつもの夢には居なかった黄医が、またもやわざとらしく薬湯を一心不乱に掻き混ぜている。

「なあ、景麒、大丈夫か?」
 腕の中で僅かに身じろぎしながら陽子が言う。
 その言葉にようやく意識がはっきりし、自分の置かれた状況が紛れもない現実だという事に、景麒は気付いた。

「その、失礼を、致しました……」
 どうにかそれだけ言うと、いつの間にか強く抱きしめていた腕を慌てて放す。
 ふと辺りを見回すと、先程までは確かにいたはずの冢宰と黄医の姿がない。

「景麒、私しばらくここに居てあげるから」
 安心しろ、と言う主の言葉に景麒は我に返る。
 先程夢だと思ってつい言ってしまった言葉の返事だと思い当たり、青白い頬がさっと赤みを帯びた。
 その様子を見た陽子は熱でも上がったのかと思い、牀榻に腰をかけて再び景麒の鬣を優しく撫でた。そっと鬣を撫でられる感触と自分のしでかした事に実際体温が急激に上昇した景麒は、ふらふらと牀榻に横になった。

 それ以降、景麒がその夢を見る事はなくなったという。

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03/02/07


12346HITキリリク「景陽ラブラブ甘々、照れてる景麒の表情つき」でした。

夢には隠れた願望がうっかり現れたりするかも。

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