※注意
いつも以上に景麒のキャラが壊れている上ヘンタイさんです。
苦手な方はブラウザバックでお戻り下さい。



「American Pie 〜PartT」


 ある穏やかな朝の事だった。
 金波宮は今日も平和だったが、締め切った蒸し暑い房室にじっと閉じこもりただ時を待っている人物がいた。通常ならこの手の事を思いつき、かつ実行に移すものは金波宮では陽子位だったが、今回だけは違っていた。
 御簾の後ろに身を隠し息を潜めているその人物は長い金の鬣を持っていた。

 事の始まりは数日前、同じく蒸し暑い房室にて起こった。
 その日景麒は通り慣れた回廊をきっかり時間通りに歩いていた。しかしそこでいる筈の無い人物を見つけてしまう。
 政務を放り出して何をしてらっしゃるのか。
 閑散とした内宮の奥、人気のない房室へと入って行った陽子を、景麒は溜息をつきつつ気付かれぬようそっと追う。
 しかしいきなり景麒が入室しても、煩いとばかりに逃亡する恐れがある。やや思案した後、景麒は陽子の入った房室と一つに続いている部屋の扉を音を立てぬよう慎重に開けた。

「全く、女官達はしぶといな……」
 声を頼りに足音を忍ばせつつ近づくと、女官に強引に着せられたらしい襦裙の裾を重そうに引きずっていた。
 どうやら逃亡の原因はそれらしい。
 景麒は部屋の奥にある御簾の隙間から静かに様子を窺いながらそう推測した。
 全く、そんな事で女官から逃げ回ってこのような所に隠れるとは。そもそも主上は普段から男装ばかりして王の威儀というものをよくお分かりでない。深い溜息を一つつき、どうやって進言しようか考えながら景麒は再び王の様子を窺う。また溜息をつき、小言を言いかけた景麒の動きが止まった。慌てて口を押さえ、飛び出しかけた言葉を抑える。
 ゆっくりと視線だけ動かし再び陽子を見ると、すでに幾重にも重ねられた襦裙のうち、大半は脱ぎ捨てられ足元に散らばっていた。衣擦れの音が静まり返った房室の中に妙に大きく響く。
 誰かいるかもしれないなどという可能性は考えてもいないのか、陽子は無造作に腰紐を解き、自分の動きを妨げている重たげな衣を脱ぎ捨てている。次第に肌が露わになってゆくその様を、景麒は目を見開いて見詰める。幾重にも重ねられた衣を取ると、予想以上に華奢だった。

 出るに出られず、景麒はその場に根が生えたかのように動けなかった。一旦は背けた顔が知らず知らずの内に戻り、不満を漏らしながら衣を脱ぐ主に釘付けとなる。慌てて視線を逸らすが、すぐにまた吸い寄せられるように戻る。
 しばらく誘惑と戦った後、景麒は陽子並みの理屈でこの葛藤を解決した。
 自分はただ、主上が着替えをなさっている間、邪な考えを抱く不埒な輩がいないかどうか見張っているだけなのだ。ただそれだけなのだ、と景麒は再び御簾の隙間からそっと覗き見る。
 すでに女官達が苦労して着せ付けた衣の大半は脱ぎ捨てられ、簡素な一単姿になっていた。
 今ここでこうして覗き見をしている景麒以外に邪な考えを抱く不埒な輩などはいなかったが、一旦正当化された行為が中断される事は無かった。
 私はただ見張りをしているだけだ、と息を呑んで見詰める景麒に全く気付く事なく、陽子は隅に無造作に重ねられている箱から簡素な官服を取り出す。なるほど、ああしていつも女官達の手を逃れ男装をなさっているのか、あんな所に隠してあるとは……と景麒は呆れつつ思うが、視線だけはしっかりと陽子に固定されたまま離れない。
 そして、官服に着替えるという事はあの女物の一単は当然……
 景麒の予想通り、陽子は身を覆う薄い一単の腰紐に手をかける。
 不味い、幾ら何でもこのまま覗いていては……しかしここで声をかけると、今の今まで何も言わず覗き見をしていた事が主上に……そんな事になったら、主上の持ち技とやらの一つ、「うえすたんらりあーと」やら「えるぼーどろっぷ」やら「右すとれーと」やら、訳の分からないものをかけられてしまう。そしてそれより何より、「ここまで来たら最後まで見たい」という麒麟にはあるまじき思いで一杯であった。

 ここで誘惑に打ち勝ち視線を逸らし、陽子が着替えを済ませ房室を出るまで後ろの何の面白みもない素っ気無いただの壁をひたすら見詰めているか。
 それとも、いっそ開き直ってこのまま最後まで覗き続けるか。
 景麒は早鐘を打つ心臓を押さえつつ考えた。
 かつてない程真剣に考え、誘惑と戦った。
 そして、景麒は決断した。
 やはり、ここまで来たら最後まできちんと見張るのが道理というものだろう。
 いつ邪な考えを持つ輩が来ないとも限らない。
 いかなる時も主上をお守りするのが私の使命だ。
 完全に開き直ると、景麒は御簾にぴたりと張り付くようにして覗き見る。
御簾の性質上陽子の側から景麒の姿を確認する事は出来ない。
そう分かっていても後ろめたさと相俟って次第に掌が汗ばんできた。

 やがて一単の帯紐が微かな衣擦れの音と共に床に落ち、景麒の呼吸が止まった。
 しかし、景麒の期待が最高潮に高まったその瞬間、大きな音と共に扉が勢いよく開かれた。
「陽子!またこんな所に隠れて!往生際が悪いわよ、せっかく苦労して着せたのに小半時も経たない内に脱ぐなんてどういう事よ!」
 鈴と祥瓊に左右から詰め寄られ、うっとおしい襦裙からの解放に失敗した陽子はがっくりと肩を落とした。
 御簾の陰で景麒もがっくりと肩を落とした。
 あと五分……いや、一分でもいいから待ってくれれば……!慶の主従は同時に同じ事を心の中で叫んだ。その目的は違えど、ある意味息ぴったりな主従であった。
 突如乱入した二人は陽子が脱ぎ散らかした衣を拾い集め、文句を言う陽子に構わず再び着付けていく。
 あとちょっとで身軽な官服に着替え完了で逃げられたのに、と陽子は悔しがる。
 折角ここまで来たというのになんて勿体無い事を、と景麒は陽子とは別の方向で悔しがっていた。

 元通りまた着付けられ、不満を漏らしながら陽子が房室から連れ出された後もしばらく景麒はその場で脱力したまま動けなかった。


03/09/02

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